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育自ノート…子どもとともに育つ日々<人として・女性として・母として>
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ジナンを連れて行った小さい子のための室内遊び場で
こんなことがありました。

ジナンと私は、お気に入りの木製レールと汽車で遊んでいました。
ジナンより少し年下の男の子が興味を示して寄ってきたので
「これ使いたいの?」と汽車のおもちゃを二つ、貸しました。
家では、年の離れた姉兄にも
「コレハ今ダメ〜〜〜!」と強く主張できるジナンですが
外では「イイヨ、ドウゾ」と(本心ではなくても)言い
ちょっと逃げ腰なのです(笑)。

そうしているうちに
男の子は、円周状につなげたレールの真ん中に座って
レールを壊しながら(まだ力加減が難しいんですね)遊び始め
ジナンはすっかり離れたところで見ている始末。
私は、声かけしながらレールを修理したり
ジナン、どうするかな、と様子を見たりして、過ごしていました。

すぐ傍にいるお母さんは
その様子を知ってか知らずか、おしゃべりに夢中でほったらかしだし
ジナンは悲しそうだし
どうしようかな、と考えて
とりあえず、円周の外に出て遊んでもらおう、と思い
「抱っこしてもいい?」と男の子に尋ね、許可をもらって
抱き上げようとした、その時。

「すみません、ちょっと目を離した隙に!」とお母さんが来ました。
(「ちょっと」でないのはわかっていただけると思いますが…苦笑。)
「一緒に遊んでもらっていいんですけど、この子(ジナン)が全然できないので
もう少しそちらで・・・」と説明しようとしましたが
もう、聞く耳持たず、って感じで
男の子を抱きかかえて、さ〜〜っと離れて行ってしまわれました。

でも、男の子は、私やジナンと遊びたかったんでしょうね。
他のことを始めたジナンのところへもやってきて
おもちゃを手に取ろうとするんですが
後ろからお母さんが「だめ、だめ!」と引き離し
「止めなくていいですよ」と私が言っても、やめさせる始末。
何度かそういうことがあって
結局、男の子はかんしゃくを起こして泣き出してしまいました。

申し訳なかったな、と思いながら過ごしていたのですが
帰り支度をした男の子が、またジナンの傍にやってきて
二人で「イナイ、イナイ、バー」をして楽しそうに遊んでいました。
でも、そこへやってきたお母さんは
さっと男の子を抱き上げ、「ありがとうございました」と一言おいて
私とジナンの「バイバイ」も知らん顔で、帰ってしまいました。
(あ〜〜、怒ってたんだな・・・。)

う〜〜ん、やり方を間違えたんでしょうかね。
最初の時に、お母さんに
「一緒に遊べるように見ていていただけますか」って声をかけるべきだったかな。
私としては、傍にいないお母さんより
しばらく一緒に過ごしていた男の子とコミュニケーションをとったつもりだったんですが
場面を見ていなかったお母さんからすれば
急に子どもをのけようとされた、って思われたのかもしれません。

そのお母さんに限らず、なのですが
ジナンのしていることに興味を持ってやってくる子たちは
大人の見ていない間に、一人で来て、勝手にさわり始めます。
そして、あとから来たお母さんが
「だめだよ」って引き離してしまいます。
そうでない場合は
こちらに来る前に「だめだめ」と止められてしまいます。
気になるのは、たいてい
後ろからいきなりやめさせようとするお母さんが多いこと。
どんなにちいさな子でも
「わからないんだから」みたいな感じで後ろからいきなり止められることが続くと
不愉快になるんじゃないか、と思うんですが・・・。

同じおもちゃで子どもたちが遊びたいのは自然なことだし
私は、「いいんですよ」って声をかけます。
もしくは一緒に遊びます。
でも、あまりうまくいかなくて、避けていく方が多いです。
他の子のやっているものをとらない、邪魔しない、ではなく
一緒に遊べるように大人同士が傍で見守りながら過ごせたらいいのに、と
残念に思うこともしばしばです。
(ムスメが小さい時は、もうちょっとそうやって遊べたような気も・・・。)
その場でたまたま出会うお母さんたちに、どうやったらうまく伝えられるんだろうな、って
考えさせられる出来事でした。

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「昔あったづもな通信」の最新号を転載します。
ぜひお読みください。
近いうちに
ブログ先へのリンクを貼れるようにしたいと思っています。
それから
「昔あったづもな通信」を読んで
(特に若い方に)拡散したいと思ってくださるなら
ぜひ、お願いします。
一人一人の力は小さいものですが
一人一人の行動が流れを作っていくのだと信じています。

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第32号  ヴァイツゼッカー元ドイツ大統領の議会演説(要旨)
昔あったづもな通信 第32号
小澤俊夫

過去に目を閉ざす者は現在にも目を閉ざすことになる
 ヴァイツゼッカー元ドイツ大統領は、戦後四十年の節目に当たる一九八五年五月八日、当時の西ドイツ連邦議会で演説しました。その時、ぼくは大変感銘を受けて読んだ思い出があるのですが、「東京新聞」が二月四日にその演説要旨を掲載したので、「東京新聞」の了解を得てぼくの「昔あったづもな通信」32号として転載します。字句を一部修正しました。
 戦後五十年の節目にあたる一九九五年には、同氏は日本での記念講演で「過去を否定する人は過去を繰り返す危険を冒している」と訴え、日本人に強い感銘を与えたのでした。彼のこの考えがドイツ人の中で共有され、ドイツではナチスの強制収容所をいまだに保存・公開したり、ベルリンのど真ん中に「ホロコースト警告記念広場」を作ったり、ポーランドおよびフランスと共通の歴史教科書を編纂したりしているのです。
 私たちの国、日本にとっても大事な考え方だと思うし、日本の政治家たちにも、歴史と民族と平和についてこのような深い洞察を抱いてもらいたいと思います。特に、ヴァイツゼッカーが演説の最後のところで、「若い人たちにお願いしたい。他人への敵意や憎悪に駆り立てられてはならない。対立ではなく、互いに手をとり合って生きていくことを学んでほしい。自由を重んじよう。平和のために力を尽くそう。正義を自らの支えとしよう」と述べているところは感動的です。今おとなをやっている人間は人類に平和な未来を遺す責任があるのですから。
特に、「他人への敵意や憎悪に駆り立てられてはならない。対立ではなく、互いに手をとり合って生きていくことを学んでほしい」という言葉は、「イスラム国」に対して居丈高になっているアメリカと、それに追随する日本の現在の政治家に是非かみしめてもらいたい言葉です。日本は世界に誇る平和憲法をもち、戦後七十年間、戦争をしない国として、文化的、経済的、医学的に世界に貢献し、それなりの尊敬を受けてきた国なのですから。(小澤俊夫)


ヴァイツゼッカー、一九八五年五月八日、ドイツ連邦議会演説(要旨)
五月八日は記憶の日である。記憶とは、ある出来事を誠実かつ純粋に思い起こすことを意味する。
 われわれは戦争と暴力の支配で亡くなったすべての人の悲しみを、とりわけ強制収容所で殺された六百万人のユダヤ人を思い起こす。戦争に苦しんだすべての民族、命を落とした同胞たちを思い起こす。虐殺されたロマ(ジプシー 編集部注)や同性愛者、宗教的・政治的な信念のために死ななければならなかった人たちを思い起こす。ドイツ占領下の国々での抵抗運動の犠牲者を思い起こす。数えられないほどの死者の傍らで、悲しみの山がそびえ立っている。
 確かに、歴史の中で戦争と暴力に巻き込まれることから無縁の国などほとんどない。しかしユダヤ人の大量虐殺は歴史上、前例がないものだ。
 この犯罪を行ったのは少数の者だった。あまりにも多くの人が、起こっていたことを知ろうとしなかった。良心をまひさせ、自分には関わりがないとし、目をそらし、沈黙した。戦争が終わり、ホロコーストの筆舌に尽くせない真実が明らかになったとき、それについて全く何も知らなかったとか、うすうす気付いていただけだと主張した。
 ある民族全体に罪があるとか罪がないとかいうことはない。罪は集団的ではなく個人的なものだ。発覚する罪もあれば、ずっと隠されてしまう罪もある。あの時代を生きたそれぞれの人が、自分がどう巻き込まれていたかを今、静かに自問してほしい。
 ドイツ人だからというだけで、罪を負うわけではない。しかし先人は重い遺産を残した。罪があってもなくても、老いも若きも、われわれすべてが過去を引き受けなければならないということだ。問題は過去を克服することではない。後になって過去を変えたり、起こらなかったりすることはできない。過去に目を閉ざす者は結局のところ現在にも目を閉ざすことになる。非人間的な行為を記憶しようとしない者は、再び(非人間的な行為に)汚染される危険に陥りやすいのである。
 人間の一生、民族の運命という時間の中で、四十年の歳月は大きな役割を果たしている。この国には、新しい世代が政治的な責任を引き受けられるまでに成長してきた。かつて起きたことについて若者に責任はない。しかし、その後の歴史で生じたことに対しては責任がある。
 われわれ年長者は、過去を心に刻んで忘れないことがなぜ決定的に重要なのか、若者が理解できるよう手助けしなければならない。冷静かつ公平に歴史の真実に向き合えるよう、若者に力を貸したいと思う。
 人間は何をしかねないのか、われわれはみずからの歴史から学ぶ。だからわれわれはこれまでとは異なる、よりよい人間になったなどとうぬぼれてはならない。
 究極的な道徳の完成などあり得ない。われわれは人間が危険にさらされていることを学んだ。しかしその危険を繰り返し克服する力も備えている。
 ヒトラーは常に偏見と敵意、憎悪をかき立てるように努めていた。
 若い人たちにお願いしたい。他人への敵意や憎悪に駆り立てられてはならない。対立ではなく、互いに手を取り合って生きていくことを学んでほしい。自由を重んじよう。平和のために力を尽くそう。正義を自らの支えとしよう。(おわり)
(2015.2.6)
このブログにしてはめずらしい頻度の更新。
今は、思い立ったこと、考えたことを
とにかく行動に移したい、そうしなければ・・・。

ここでも紹介した「昔ばなし大学」の小澤俊夫先生が
「昔あったづもな通信」というブログを書いておられる。
先生は「昔ばなし大学」で(おそらく他の場所でも)
「子どもに昔ばなしを、なんてのは、日本が平和でなければやってられないこと。
この国のこと、平和のことを、しっかり考えてほしい」とおっしゃっていた。
私もそのとおりだと思っている。
転載、拡散大歓迎、とおっしゃっていて
もっと早くに紹介したかったのだが
タイミングが合わず、今になってしまった。
最新のブログをここに転載する。
ぜひ、他の記事も検索して読んでいただきたい。

私は、今、世間で、一様に言われている「自己責任論」は
思考停止のひとつだと考えている。
他人に対して「自己責任」を叫んでいれば
自分に引きつけて考える必要がないから。
怖くても、考えることをやめてはいけない。
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昔あったづもな通信 第31号
小澤俊夫

日本を「イスラム国」に敵として差し出した安倍首相 

 宮崎での再話研究会、徳之島での再話コース、奈良での講演「昔話の音楽的性質」、福井での学習会「昔話のモティーフと話型」と再話研究会とやっているうちに、湯川遥菜さんと後藤健二さんが「イスラム国」によって殺害されました。
 ぼくはこの「昔あったづもな通信」の第30号でも、小澤昔ばなし研究所発行の季刊誌「子どもと昔話」62号でも、集団的自衛権の発動をして、自衛隊をアメリカ軍に送り出したら、日本が過激ムスリムのテロの標的になるから危険だということを書いた。それがこんなにも早く現実になってしまったのだ。近現代の歴史から何も学ぼうとしない安倍首相は政治家として失格であると言わざるを得ない。
湯川さんと後藤さんが「イスラム国」に拘束されていることを政府は昨年から知っていたのに、安倍首相は1月17日にエジプトで、二億ドル支援について、「ISILの脅威を少しでも食い止めるためだ。人材開発、インフラ支援を含め、ISILと闘う各国に支援を約束する」と演説した。この演説について1月28日の参議院本会議で、「日本を元気にする会」代表の松田公太議員は英語版を読み上げて、「(日本語に)訳すとISILと闘う国の戦闘基盤を構築するための支援になってしまう。日本人が人質になっていると知っていた政府としては、配慮がなさすぎる」と指摘したという。
まさにそのとおりである。これでは「イスラム国」が日本をアメリカに従属した敵国と認識するのは極めて自然である。安倍首相は人質の交換問題が起きてから、あの支援は避難民などの援助だと弁解したが、手遅れだった。手遅れだっただけでなく、実は演説は本音を言ってしまったのだった。首相官邸には危機管理の「専門家」が多数いるだろうに、なんとお粗末なのだろう。というか、本当はアメリカ軍への間接的、直接的援助だから、どうしても本音が漏れてしまったのだろう。
テレビの国会中継を見ていたら、この点を追及されたとき安倍首相は、「テロリストがどうとるかなど考えて行動していたら、それこそテロリストの術にはまることになるのだ」という趣旨の答弁をしていた。外交的駆け引きなど考えもしない、単純で愚かな政治家であると、ぼくは改めて思った。
安倍首相はまた、テロ撲滅まで闘うと宣言している。そして、ほとんどのマスメディアも、「イスラム国」はじめ過激なムスリムだけがテロをしているように書き立てているが、アフガニスタン戦争以来のアメリカの暴虐な攻撃はテロではなかったのか。サダム・フセインは独裁者でけしからんというわけで、大量破壊兵器を所有しているという口実でイラク攻撃を仕掛けた。だが大量破壊兵器は見つからなかった。無実の攻撃だった。そのためにフセインばかりか無数の庶民が殺された。あれはテロと同罪ではないか。最近の無人攻撃機による爆撃もテロである。病院、学校が突然爆撃され、無数の病人、子どもが殺されている。この事実を追及しなくていいのか。大規模攻撃による殺人は正当で、個人による攻撃だけがテロなのか。そんなバカなことはない。一人だけ捕まえて殺したらテロで、多数をいっぺんに殺すのは正当な戦争なのか。そんなバカなことはない。
これは安倍首相には通じない話かもしれない。だが、日本のマスメディアに関わっている人たちにはお願いしたい。アメリカがやってきたことはテロと同じだということを、日本人に常に思い起こさせるような記事を繰り返し、繰り返し書いてもらいたい。「イスラム国」だけがテロをやっているわけではないことを。そもそも戦争を起こすこと自体、してはいけないことなのだということを。(2015.2.3)

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イスラム国による日本人人質事件は
悲しく、やりきれない結果になってしまった。
テロリストのやり方に、恐ろしさ、憤りを覚える。

しかし、実を言うと
テロは恐ろしい、テロに屈してはいけない、と
あたりまえのように繰り返されることに
私はずっと、違和感を抱いてきた。
テロはなぜ起きるのか、テロリストはなぜ生まれるのか、
ということを考えた時に
それは、ただ敵対すればいいだけの存在ではないのではないか、
そう思ったからである。

イスラム国の勢いが増し
アメリカ、その他の国が危機感を募らせ、攻撃を始めた。
「人道支援」と銘打っても、こちら側の立場で何らかの関わりをしたことが
今回の悲劇の始まりだったのだろうと、私は考えていた。

だから、この人質事件の結末を受け
政府が、世論が、対テロの考えを強め
そのための方策をあれこれ議論し始めたことに
私はかえって危機感を募らせている。

先ほど開いたyahooニュースの目次から
何気なく読んだ水島宏明氏のコラム。
私の気持ちを少し落ち着かせてくれた。
そのコラムに紹介されていた
今朝のNHK「あさイチ」で話されたという柳沢解説委員の言葉を
そのまま転載する。
考えるきっかけのひとつになるはず。
(水島氏のコラムもぜひ読んでいただきたいので
関心のある方は検索していただけたら、と思う。)

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「冒頭なんですけど、すみません。昨日から今日にかけて大きいニュースになってきた後藤健二さんなんですけど、

ちょっと、あえて、冒頭で、一言だけ・・・。

僕も後藤さんとはおつきあいがあったものですから、一番、いま、強く思っていることは、ニュースではテロ対策とか過激派対策とか、あるいは日本人をどうやって守ればいいか、が声高に議論され始めているんだけど、ここで一番、僕らが考えなきゃいけないことというのは、後藤健二さんが一体、何を伝えようとしていたのか、ということ。

戦争になったり、紛争が起きると弱い立場の人がそれに巻き込まれて、つらい思いをするということを、彼は一生懸命に伝えようとしていたんじゃないか。

それを考えることが、ある意味で言うと、こういった事件を今後、繰り返さないための糸口が見えるかもしれない・・・。

われわれ一人ひとりにできることというのはものすごい限界があるんですけど、この機会にそういうことを真剣に考えてみてもいいのでは・・・。

それが後藤さんが一番、望んでいることじゃないか。そう思ったものですから、冒頭なんですけど、ちょっとお話をさせてもらいました。」
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追記:私は、テロリストのやり方を擁護しているのではない。
   それは誤解しないでいただきたいと思う。
   それから。
   新聞を見ていると
   後藤さんの家族はじめ周辺のみなさんの言葉は
   悲痛の中にも、後藤さんの願いを想うもので
   頭が下がる思いがした。

このブログには
自分の日常やぼんやり考えたことをのんきに綴ってきた。
でも、ブログを始めた理由の中には
何らかの形で、外とつながっていたいという思いとともに
自分が出会えたことや知ってよかったと思うことを伝えたい
という思いがあった。

出会うことには人それぞれの必要性があり、タイミングがある。
私にとってよいと思うことが他人にとってよいこととは限らない。
だから、それを押し付けるようなことはしたくはない。
「これがいいんだ」と強く主張はしたくない。
自分の価値観や考えと異なることを
否定したり排除したりすることはしないようにしよう。
ともするとかたくなで、頭でっかちになりがちな自分に
そう言い聞かせてきた。
それが、「私の考え」「私がよしとすること」を
表に出すことをためらわせてきた。

でも、それは実は
「逃げ」だったんじゃないかな、と今は思っている。
「私の考え」「私がよしとすること」を逆に否定されることを
避けたかったんじゃないかな、と。

私が、今、大切だと思っていることは
みんなが、社会や世界や生き方や・・・いろいろなことを
答えが簡単には出せない、答えはひとつじゃないようなことを
自分のことに引きつけて考え続けること。
そして、できるなら、もっと他人と話をすること。

だから、このブログでも
もっといろんなことを綴っていきたいと思うし
紹介もしていきたいと思っている。
「これが正しい」というのではなく
「こうすべき」というのではなく
縁あってこれを読んでくれる人たちに
何かを考えるきっかけにしてもらえたら、と願っている。

もちろん、私も
考え続けることをやめないし
ここに記すだけでなく
今生きている社会の中で行動もしていきたいと思っている。



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あや
性別:
女性
自己紹介:
 1973年生まれ。
 2000年に結婚した夫・ムスメ(2005年生)・ムスコ(2007年生)・ジナン(2012年生)との5人暮らし。
 おいしい(?)ご飯を作ること、子どもと遊ぶこと、ウチの中を整えること、夫と語り合うこと、が暮らしの中心。
 2011年からは絵本や語りの勉強も始めました。いつか自分らしい「おはなし会」を作っていくことを夢見ています。
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